伊勢エビの名称は江戸時代から
江戸時代の儒学者、貝原益軒が宝永6(1709)年に著した「大和本草」は772種もの動植物や鉱物などを日本人向けに鑑定した大作です。同書に「この海老、伊勢より多く来るゆえ、伊勢海老と号す」と記されていることが、現代につながる伊勢エビの語源とされています。三重県の水産業は生産量こそ全国8位の規模ですが、伊勢エビは全国1位を誇っており、伊勢エビは名実ともに三重県の代名詞と言えるでしょう。
伊勢エビ漁が盛んな熊野灘は多くの川を通じて山の栄養分が豊富に流れ込み、沖合からはウニや貝など伊勢エビのエサになる生命が黒潮に乗って運ばれてくる素晴らしい環境にあります。浅い岩礁域でひっそり育つ夜行性の伊勢エビは大きなもので体長30cmにも及び、引き締まった身は透き通るように美しくプリプリの食感を楽しめます。味わいも濃厚で、刺身、直焼き、そして伊勢エビ汁と様々な調理方法が楽しめます。
なによりも長いひげと背中が曲がった姿は健康長寿の象徴として結婚式やおせち料理など祝い膳の主役として欠かせない存在で、おめでたい赤色の鎧をまとったような姿には、必勝祈願や武運長久を願う意味もあります。実際に伊勢エビは寿命が長く、成長過程で30回もの脱皮を繰り返すことから立身出世の象徴にもなっています。
三重県の漁師たちは産卵期に当たる5月から9月末を禁漁とし、甲羅の長さが4.2cm以下のものは獲れても放流、一回の漁で使用できる網は10枚までなど厳しい制限ルールを設け、古くからの恵みである伊勢エビを大切にしています。漁が解禁となる10月1日に獲れる「初物」は伊勢神宮に奉納され、毎年6月に志摩市浜島町で行われる「伊勢えび祭り」などのイベントも盛んです。
産地のこころを大切に、伊勢エビは丁寧に食べたい
伊勢エビ漁は「刺し網」と呼ばれる独特の網を使い行われます。伊勢エビが見えにくいと言われる赤色の網を通り道に張り、頭部を入り込ませてつかまえますが網にかかった後も苦労は続きます。伊勢エビはとても繊細でヒゲや足が外れやすく、美しい姿のまま結婚式などの祝い膳に出せるよう丁寧に網を揚げ、専用の道具を用いて一匹一匹傷つけないよういたわりながら網から外すのです。
家庭で楽しむ伊勢エビ汁の作り方を紹介しましょう。4人前の材料として、伊勢エビ1匹、ほうれん草1/3束、うど4cm、本しめじ1本、ユズまたはカボス 1/2個。調味料に赤味噌70g、片栗粉少々、水4カップ、昆布5cmを用意します。はじめに伊勢えびの殻を洗い適当な大きさに切り、片栗粉を薄く振ります。ほうれん草は茹でて3cmほどに切り、うどは花切りにし酢水につけ熱湯にさっと通し、本しめじは小房に分け熱湯で茹でておきます。
鍋に水を入れ昆布とともに伊勢エビを煮、途中で昆布を取り出します。味噌を加えてアクを取りながら味をととのえ、お椀に盛ったあとからほうれん草、うど、本しめじと千切りしたユズまたはカボスを添えてできあがり。
自然の恵みと細心の技工が育む伊勢エビ、感謝の心でゆっくり丁寧に味わいたいですね。
お伊勢参りは昔ながらのスタイルで
伊勢エビの伊勢といえば伊勢神宮。今も昔も日本全国から多くの参拝客が訪れ、伊勢市駅から外宮に続く参道は大変なにぎわいです。江戸時代の伊勢参りは徒歩で移動したため江戸の日本橋からだと往復30日はかかります。それでも一生に一度はと願う人は多く、弥次さん喜多さんの二人がにぎやかに伊勢参りに出かける十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」がベストセラーになると、さらに拍車がかかりました。当時の参拝ルートは二見浦で禊をして身を清め、外宮と内宮を参拝し、最後に朝熊岳に登るというもの。現代であればJR東海や近鉄が頻繁に走っていますし、観光バスも多く出ています。すべてを徒歩で回ることは大変ですが外宮から内宮へは徒歩約1時間半なので、足に自信のある方には徒歩でのお参りをお勧めします。道中には国の登録有形文化財にもなっている1851年創業の麻吉旅館や猿田彦神社、おはらい町やおかげ横丁など往時を偲ぶ見どころも多数あります。
伊勢参りと伊勢エビの祝い膳からは、おおきなご利益がいただけそうです。
「伊勢エビ汁」(2人分)
材料
- 昆布だし2カップ
- 酒大さじ1
- みそ大さじ2
- ねぎ少量
作り方
- 伊勢えびは頭から半分に縦割りにする。さっと洗い酒をふり、臭みを取る。
- 昆布だし汁に伊勢えびを入れる。沸いたらあくを取り、10分ほど煮る。火を止めてみそを溶き入れる。
- 仕上げにねぎを散らす。