一年を通じ食べられる海の常用食
あまたある九州の魚料理でも欠かせないのがキビナゴ。美しい銀色の縞模様を持つ体調10cmほどの小さなニシン科の魚で、鹿児島県南部の方言で帯のことを「キビ」、小魚を「ナゴ」と呼ぶため、その名がついたと言われています。
キビナゴは1年中水揚げされ天ぷらや南蛮漬けなどで昔から人気の食材でしたが、鮮度が落ちるのも非常に早いため冷凍保存や流通網が発達するまではキビナゴの刺身は漁獲地だけの贅沢でした。
ここで下ごしらえが特徴的なキビナゴの酢味噌和えのレシピを紹介しましょう。材料は4人分で生のキビナゴを40尾、酢味噌の材料として麦味噌大さじ3杯、酢大さじ1.5杯、砂糖大さじ2杯、酒少々。薬味として小口切りした葉ねぎを少々用意します。
キビナゴは頭を折り腹側から指を入れて身を開き、背骨を尾に近いところから折って剥がし取ります。背ビレも同様に取り塩水でさっと洗い水気を取ります。包丁を使わず手で開くのが特徴で、開いたキビナゴは身を半分にたたんで並べ、菊の花のように盛り付けてできあがり。葉ねぎと一緒に酢味噌につけていただきますが、みょうがや大葉なども薬味に合います。また、刺身を大根の千切りと酢味噌で和えた「味噌なます」も人気のメニューです。
春と秋、2つの味を楽しむ五島のキビナゴ
キビナゴは九州全域で水揚げされていますが、なかでも長崎県の五島は有数の産地です。キビナゴの光に集まる習性を活かし、夜間に灯火を燈し刺網や小型の巻網で獲る漁が昔から盛んに行われてきました。キビナゴは食用以外にも養殖魚の餌や、かつおの一本釣りの餌としても使われる生活の中心。春先は産卵のため子持ちのキビナゴが水揚げされ、秋は脂がのって身がしまるといわれ、季節によって違った味わいを楽しめます。五島ではこの20年ほど資源保護のため産卵期の6月と7月は禁漁期間を設け、脂がのる秋から冬をキビナゴの旬としています。キビナゴの酢味噌和えは現在も家庭でつくられており、飲食店などで提供される機会も多い料理です。流通網が進化し、都心のスーパーなどでも酢味噌付きの「きびなごの刺身」が売られるようになり、郷土料理は全国区の人気メニューになりました。
五島のキビナゴ料理としてもう一つ人気なのが「キビナゴのいり焼き」。いり焼きと行っても網で焼くわけではなく、ダイコンやハクサイなどの野菜と一緒に煮込み、醤油や味噌など好みの調味料でいただく水炊きのような料理です。食べ方にコツがあり、火が通ったキビナゴの頭を箸ではさみ、尻尾から口に入れてスッと引き抜くと身がはがれ頭と骨だけが残ります。上手な人はキビナゴを口の中で骨と身に分け、骨だけを器用に口から出すそうです。まさにキビナゴの産地ならではの郷土料理ですね。
長崎を世界遺産へと導いた、キビナゴ漁
2018年、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は江戸幕府が発した禁教期にもひそかに信仰を守り続けた独特の文化を評価され、世界文化遺産に登録されました。世界史的にも有名な「信徒発見」の舞台となった長崎市の「大浦天主堂」、禁教初期に潜伏キリシタンが蜂起した「島原・天草一揆」の主戦場である南島原市の原城跡、潜伏キリシタンの信仰組織が聖画などを密かに伝承した外海の出津集落など構成資産は12カ所に及びます。
五島列島南部の久賀島集落もその一つ。禁教期も組織的に信仰を続け、解禁後カトリックへ復帰した信者たちは1908年に教会建築の名工・鉄川与助の設計施工による野首教会を建てました。その費用約3,000円は現在に換算すると2億円とも。この費用を捻出したのが、切り詰めた生活とキビナゴ漁だったそうです。人々の食生活を支え信仰をも護ったキビナゴは、長崎の大切な食文化なのです。
「キビナゴの酢味噌和え」(2人分)
材料
- きびなごの刺身40尾ほど
- 酢みそ
- みそ大さじ1
- 砂糖大さじ1
- 酒大さじ1
- みりん大さじ1
- 酢大さじ3
作り方
- みそ、砂糖、みりんを合わせ、火にかけて練っておく冷めたら酢大さじ1を加え混ぜる。
- きびなごは皿に盛り付け、酢みそを添える。