味噌の香りに通天閣の灯も揺れる、「どて焼き」は大阪庶民の味
「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」という言葉があるほど、大阪には食い道楽の文化があり、美味しいものがたくさんあります。「どて焼き」は、甘辛く濃厚な味わいが酒によく合い、安価に楽しめることから、居酒屋を中心に庶民の味として愛されてきました。とくに通天閣を中心とする新世界界隈には、これも名物の串カツとどて焼きの暖簾を掲げる店が多く、地元客はもちろん、観光客からも人気を集めています。
どて焼きの調理方法は、鉄鍋の内側、ふちの部分に土手のように味噌を盛ることから始まり、この形が「どて=土手」の由来になります。味噌を盛った鍋の中央で、下茹でしアクをとった牛すじ肉を焼き、熱で溶け出した味噌でさらに煮込んでいきます。弱火で2〜3時間じっくりコトコト温め、肉が柔らかくなったところで皿に取り、刻みネギや七味などの調味料と一緒にいただきます。店によってはこんにゃくを一緒に煮込むものもあり、味噌の味もみりんを多く使った甘目のものから辛口まで個性的です。
どて焼きが人気の店では鉄鍋の代わりに大きな鉄板を置き、串に刺した牛スジ肉と味噌を継ぎ足していく姿が見られます。カウンター席にいると香ばしい味噌の香りと、「串3、どて5、チューハイお代わり!」といった注文の声が飛び交い、大阪の下町独特の活気が感じられます。
牛肉にこだわる、大阪の食肉史
明治以降、広く日本に定着した肉食の習慣は、「西の牛、東の豚」というスタイルで発展してきました。和牛の原点は大阪の隣、兵庫県北部にある但馬牛が発祥と言われ、現地では農耕用の牛を型取った埴輪が出土するほど大切な存在だったようです。鎌倉末期に書かれた「国牛十図」という書物には、当時飼われていた牛の頭数が記録されていますが、関東から北には牛を飼っていた記録がありません。これは農業の労力を馬が担っていたためで、時を経た明治10年の全国調査でも、牛は西日本に集中しています。
鎖国が解かれた明治期、居留外国人の要望により港町を中心に食用牛肉が流通し始めますが、横浜など関東圏では牛肉が入手できず、神戸から取り寄せることになりました。この牛肉が高い評価を受け、現代につながる神戸牛ブランドの礎になります。やがて庶民の間にも肉食が広まると、関東の豚肉食に対し、関西ではカツレツ、カレーなどの洋食から肉じゃがや煮込みといった家庭惣菜まで、牛肉主流の食文化が発展していきます。市場のニーズに応え畜産業も盛んになり、多くのブランド牛が育てられるようになりました。 たとえば梅酒用に漬けこまれた梅肉を餌に育てられた「大阪ウメビーフ」は、甘味のある上品な脂が評判です。また⾃然な状態で⻑期間育てられる「なにわ⿊⽜」はすべてが雌⽜で、柔らかくあっさりとした自然の霜降り肉が喜ばれています。「能勢⿊⽜」は自然豊かな土地で⼤⻨や栄養価の高いエサに育てられ、豊潤な肉質の不飽和脂肪酸が好評です。
選りすぐられた牛肉素材と濃厚な味噌の旨味が一体となった「どて焼き」は単なる庶民派グルメではない食文化を背負ってきた逸品と言えますね。
お腹がいっぱいになったら、笑いの王国へ
どて焼きの本場、新世界界隈は芸人の町でもあります。「吉本新喜劇」でおなじみの「なんばグランド花月」を中心に、大小さまざまなスペースで漫才やコント、落語の催しが開かれ、出番が終わった芸人たちが馴染みの店に出入りする風景も見られます。飲食店の壁いっぱいに飾られた、芸人たちのサインを見ながらの食事も楽しいですね。明治大正期から寄席の経営を手がけてきた吉本興業は、時代に即した数多くの売れっ子芸人を輩出し、大阪を笑いの都として盛り上げてきました。テレビでおなじみの芸人たちも、生の高座で見る姿は一味違います。
一方、2006年大阪天満宮内にオープンしたのが上方落語の定席「天満天神繁昌亭」です。江戸落語以上の歴史を持ちながら影に隠れていた上方落語は、昭和40年代に桂米朝を中心とする人々の尽力により復興がなされました。フグやうどんなど、ネタには多くの食も登場しますから、大阪に行ったらどて焼きだけでなく、もうひとつの庶民文化「お笑い」もお腹いっぱい味わっていただきたいと思います。
「どて焼き」(2人分)
- エネルギー 267Kcal
- 食塩相当量 4.1g
- ※一人分の値
材料
- 牛すじ肉200g
- にんにく1片
- 青ねぎ5~6本
- 七味とうがらし少量
合わせみそ
- 辛みそ大さじ3
- 甘みそ大さじ1
- 砂糖大さじ1.5v
- 酒大さじ1
作り方
- 牛すじ肉は水から下茹でし、洗ってから食べやすく切る。
もし、まだ臭みや油が気になるようだったら、下茹でを繰り返す。 - ひたひたに水に入れた鍋に、[1]とにんにくを入れ、1時間ほど煮て柔らかくする。
- 合わせみその材料はよく混ぜ合わせておく。
- 浅めの鍋にみそを土手のように塗り、[2]を茹で汁ごとひたひたになるまで入れる。時々混ぜながら弱火で煮込む。
みそがしみ込めば出来上がり。仕上げに、七味とうがらしと青ねぎの小口切りを散らす。